生成AIは、もう「十分」なところまで来たんじゃないか
最近、生成AIを使っていて、以前ほど「うわ、すごい」と思わなくなってきました。
別にAIの性能が落ちたわけではありません。
むしろ逆です。
文章を書かせてもかなり自然ですし、プログラムを書かせても相当なところまでできます。調べもの、資料作成、アイデア出し、データ分析。
少し前だったら「こんなことまでできるのか」と驚いていたことが、今では普通になってしまいました。
そして最近、ふと思ったんです。
生成AIって、基盤モデルとしてはもう「十分」なところまで来たんじゃないか。
もちろん、これからも性能は上がるでしょう。
でも、普通の人が仕事や生活で使うという意味では、モデルそのものがさらに賢くなることの価値は、以前ほど大きくないのではないかと思っています。
昔、CPUにも似たような時期があった
これ、昔のパソコンと少し似ています。
20年くらい前は、新しいCPUが出るたびにパソコンの性能が目に見えて上がっていました。
新しいパソコンを買えば、
「速い!」
とすぐ分かった。
Windowsの起動も速くなるし、ソフトも軽快になる。
だからCPUの性能向上そのものが、ユーザーにとって大きな価値でした。
ところが、あるところから変わりました。
インターネットを見て、WordやExcelを使って、メールをして、動画を見る。
普通の人がそういう使い方をするだけなら、数年前のCPUでも困らなくなった。
最新CPUが20%速くなったとしても、
「だから何?」
となってきたわけです。
CPUの性能向上が止まったわけではありません。
今でも毎年進化しています。
ただ、一般ユーザーにとっての限界効用が小さくなった。
性能が上がることと、ユーザーが感じる価値が比例しなくなったんです。
今の生成AIも、少しそこに入り始めている気がします。
生成AIも「もっと賢く」が価値ではなくなりつつある
僕は仕事柄、生成AIをかなり使います。
特にプログラミングでは、ほぼ毎日使っています。
数年前のAIコーディングと比べると、今は別物です。
ある程度きちんと指示すれば、普通の業務システムならかなりのところまで作れます。
Webアプリも作れる。
SQLも書ける。
既存コードを読ませて修正させることもできる。
エラーを見せて原因を調べさせることもできる。
もちろん、間違えることはあります。
設計が雑になることもある。
でも、それは人間だって同じです。
少なくとも「AIにプログラムを書かせる」という行為そのものは、もう実用段階を超えて、普通の開発手段になってきたと感じています。
そうなると、新しいモデルが出て、
「コーディング性能が12%向上しました」
と言われても、以前ほど興奮しません。
もちろん良くなるのは歓迎です。
でも実際の仕事では、それよりも、
ちゃんと既存システムを理解してくれるか。
途中で文脈を忘れないか。
GitHubやデータベースときちんと連携できるか。
勝手な変更をしないか。
セキュリティは大丈夫か。
こっちの方がはるかに重要になってきます。
次の競争は「頭の良さ」ではなく「使えるかどうか」
だから、これからのAI競争は少し変わると思っています。
これまでは、
「どのAIが一番賢いのか」
が中心でした。
ベンチマークの点数だったり、数学の問題だったり、プログラミング能力だったり。
もちろん、そこもまだ競争は続きます。
ただ、ユーザーからすると徐々に、
「どれが一番仕事で使えるのか」
の方が重要になる。
たとえば、AIが会社のメールを読める。
カレンダーを見られる。
社内の資料を探せる。
顧客データを確認できる。
必要ならシステムを操作できる。
そして、それらを安全に実行できる。
こちらの方が圧倒的に価値があります。
モデルが10%賢くなるより、
「昨日までできなかった業務を丸ごと任せられるようになった」
方がインパクトは大きい。
つまり、AIの価値の中心が、
モデルそのものから、AIを取り巻く仕組みに移っていく。
そんな感じがしています。
セキュリティや権限管理がものすごく重要になる
特に企業利用ではここが大きいと思います。
AIが賢くなればなるほど、できることが増えます。
できることが増えるということは、逆に言えば危険も増える。
会社のメールを読める。
顧客情報にアクセスできる。
データベースを変更できる。
請求書を発行できる。
場合によってはメールを送ることもできる。
ここまで来ると、
「AIが賢いかどうか」
より、
「誰が何を許可したのか」
の方が重要です。
承認フロー。
アクセス権限。
操作履歴。
監査ログ。
情報漏えい対策。
こうした一見地味な部分が、AIを仕事で本当に使えるものにする。
たぶん今後は、この辺りの完成度でサービスの差が出てくると思います。
AIが進化するほど、AIの存在を意識しなくなる
もう一つ面白いのは、AIが普及すると、逆に「AI」という言葉をあまり使わなくなるんじゃないかと思っています。
今は何でも、
「AI搭載」
「生成AI対応」
「AIエージェント」
と言います。
でも、そのうち当たり前になります。
スマートフォンで文字入力をするときに、
「この予測変換には機械学習が使われています」
なんて誰も意識しません。
Googleマップを使うときにも、裏側のアルゴリズムなんて考えません。
AIも同じになるでしょう。
システムの中にAIが入っている。
でもユーザーはAIを使っている意識すらない。
ただ仕事が楽になる。
僕はその状態が、本当の意味でAIが普及した状態だと思っています。
だから、ソフトウェアを作る人間の仕事はなくならない
一時期、
「AIがプログラムを書くようになったら、ソフトウェア開発者はいらなくなる」
という話がよくありました。
僕は最近、むしろ逆なんじゃないかと思っています。
コードを書く価値は確実に下がる。
でも、何を作るのか。どう業務に組み込むのか。失敗したときにどう戻すのか。
そういう判断の仕事は、むしろ重要になる。
このあたりは前回の記事(AIで誰でもSaaSを作れる時代、30年エンジニアは何で戦うのか)に書いたとおりです。
AIは「驚く技術」から「使うインフラ」になる
僕は生成AIが終わったと言いたいわけではありません。
むしろ逆です。
これから本格的に社会に入っていくと思っています。
ただ、そのフェーズが変わった。
これまでは、
「こんなことまでAIができる」
という時代でした。
これからは、
「AIを使って何をするか」
の時代になる。
CPUが十分速くなったあと、パソコンの価値がなくなったわけではありません。
その上でインターネットが広がり、クラウドが生まれ、スマートフォンが登場し、さまざまなサービスが生まれました。
AIも同じなのかもしれません。
基盤モデルの性能競争はこれからも続くでしょう。
ただ、普通のユーザーにとっては、そろそろ「十分に賢い」。
だから次は、その十分に賢いAIを、
どう仕事につなげるのか。
どう安全に使うのか。
どう現場の仕組みに埋め込むのか。
そこが勝負になる。
最近、新しいAIモデルを見ても以前ほど驚かなくなったのは、AIに飽きたからではないのかもしれません。
単純に、
生成AIが「未来の技術」ではなく、普通の道具になり始めた。
そういうことなんじゃないかと思っています。
フォワード フィールド テクノロジーズ株式会社 代表取締役。 30年にわたり中小企業の業務システム・基幹システムの開発に従事。 通信販売管理システムを自社プロダクトとしてゼロから立ち上げ、約30社に導入。 一般社団法人日本生成AI推進協会 技術部長。
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